プラクシス:「芋版」

プラクシス第二章の始動をここに記す。
前章では、フィールドレコーディングをどこに接続するかを手がかりに、思考の射程を外側へ拡げた。
今章ではその枠組みをいったん離れ、作品を通じて世界を捉えるのではなく、世界との接続そのものを、より実践的な手つきとして扱う。

作品が立ち上がるとき、そこには必ず時間の流れがある。
区切られた点の連続ではなく、厚みをもった流れとしての時間。
工程はその流れの中で生まれ、変化し、形を得ていく。
その前提に立つことで、制作の手つきはより確かなものになる。

そのために、まず芋版を取り上げる。
芋版は、素材の取得、形の付与、固定、転写という四つの行為から成る。
これはそのまま、作品が世界と接続する際の基本的な流れとして読み替えられる。

1:素材
芋を掘る=収録
外界から素材を受け取る行為
(流れの中で最初に触れる差異の取得)

2:編集
芋を彫る=サウンドデザイン
素材に形を与え、扱える状態に整える行為
(対象の内部に入り、その生成の方向を見極める段階)

3:墨付け
墨(汁)を付ける=WAVEファイルなどの既製フォーマット
形を固定し、外へ出す準備を整える行為
(流れを一度だけ止め、外部化する操作)

4:押印
紙にスタンプ=メディア上に展開
作品として外部に渡し、接続を成立させる行為
(固定された形が再び流れへ戻り、他者の時間と交差する瞬間)

前世紀までなら、芋を掘って並べるだけでも成立していたかもしれない。
しかし当世では、メディアの形も受け手の環境も絶えず変化している。
世界が生成の運動そのものである以上、工程もまた、その変化に合わせて更新されなければならない。

第二章では、この“芋版の手つき”を手がかりに、作品が世界とつながるための実践を、あらためて静かに見直していく。
どの行為が、どの瞬間が、世界との接続を生んでいるのか。
そしてその接続が、どのように時間の流れへ溶け込んでいくのか。

ここで一度、短い間を置く。
制作には、工程のあいだに生まれる“空白”をどう扱うかが重要になる。
空白は停止ではなく、流れの厚みを取り戻すための時間である。

その時間に読む本として、一冊だけ挙げておく。
『時間をめぐる哲学の冒険』
エイドリアン・バードン/佐金武 訳
ミネルヴァ書房


時間の捉え方を組み替えると、編集の手つきも変わる。
サウンドデザインがどこかでタイムドメイン寄りに傾く気配があるのは、流れの内部で音を扱おうとする自然な帰結かもしれない。


Author:Mika Ojanen
カテゴリー:寄り道 / プラクシス