音に対するオヤネンのこだわりは、いつだって位相にある。
徹頭徹尾、ズレを許さない。位相が揺らげば時間軸が歪み、フィールドレコーディングではそれはすでに「時間操作」だと考えている。
オヤネンの作品を解析すれば、疎密が均等に整えられているのがわかる。
というより、そうしている。
では、そうした音源をヘッドホンで聴くとどうなるか。
Side成分は左右が完全に独立し、長時間のリスニングでは疲れが出る。
その疲れをやわらげてくれるのが、ヘッドホンアンプに搭載される
クロスフィードだ。手元の機材では Grace Design m900 に備わっている。
逆チャンネルの音を薄く混ぜるような処理で、on/off が可能。
編集時は off が賢明だが、リスニングでは on の方が心地よい。
エンジニアとして、この仕組みがどう働いているのかは気になる。
とはいえ、クロスフィードそのものを再現しようとしたわけではない。
むしろ、別の角度からアプローチした方が良いと考えた。
空間系エフェクトをいくつか試していくうちに、意外にも早く答えが見えた。
テープエコーを Side 成分に掛けるだけで、クロスフィードとは異なる仕組みでありながら、結果として耳の負担をやわらげる方向に作用した。
(リターンを薄く混ぜる方が好結果だった。)
これは“クロスフィードの模倣”ではない。
むしろ、アナログ時代の機材が自然に持っていた微細なにじみや遅れに近い現象だ。
昔のカセットデッキでは、これに似たことが普通に起きていた。
デジタル時代に切り捨てられた技術の中に、まだ使える知恵が眠っている。
アナログの先人から学ぶことは、本当に多い。
そして、付け加えるなら──
スピーカーでのリスニングでは、左右の音が空間で自然に混ざり合う。
つまりクロストークが“最初から存在する”ため、ヘッドホンのような聞き疲れはそもそも起きにくい。
人間の耳は、本来その混ざりを前提にできているのだ。
オヤネンも、もう一度学び直すとするか。


Author:Mika Ojanen
カテゴリー:寄り道 / プラクシス