オヤネンはこれまで “純” なフィールドレコーディングにこだわり、考えられる限りの小細工を駆使して最終成果物を仕上げてきた。
それが、我が道。
オヤネンのフィールドレコーディング音源を然るべきシステムで再生すれば、現地へ誘われるような聴取体験が得られる。
然るべきシステムとは、オヤネンが考える最良の音出し──フルデジタルアンプとフルレンジスピーカーの組み合わせであり、スピーカー径はリスニングポイントに応じて選ぶ。
アンプは無垢で、スピーカーは分割振動による多少のギザつきこそあるが、フルレンジの利点は位相の良さにある。そこにこそ、オヤネンはこだわってきた。
では、そのシステムで音楽を聴くとどうなるか。
- Cyndi Lauper – I Drove All Night
やや平面的。 - Céline Dion – I Drove All Night
センターは強いが、まだ平面的。 - Lorde – Supercut
ボーカルがブワッと前に出てくる。
違いはもちろん音作りだが、時代ごとに再生環境へ最適化されている。
では、オヤネンはその最適化に対応できているのか。
否。
現代は、ハイレゾのリニアな音と、音楽サブスクの圧縮音源という二極化の時代。
オヤネンの作品をそれらに落とし込むと、やや引っ込んで聞き取りにくい。悪く言えば、こもっている。
これを解消するには──もう掟を破るしかない。
では、何をするのか。
ずばり、音を足す。
これまでは引き算で音を整えてきたが、これからは足し算で攻める。
先日購入した倍音付加プロセッサーを通したままモニタリングしていたとき、エフェクターの有無に気づかず、いつも聴いている音楽が「いつもと違う」と感じた。
そのパラメータのままフィールドレコーディング音源を聴いてみると、これまで奥まっていた音が前に出てきて、ブリリアントになった。
いわゆるサチュり効果。
良い方向に転ぶなら、これはもう使った方がいい。
あとは神(もしくは仏)がそれを許すかどうかだが、幸いオヤネンは無神論者(Atheist)。
掟を破ったところで村八分になる状況でもない。
これによって、先が見えたどころか、むしろ先が見えなくなり自由度が高まった。
すぐにでも作品へ反映させたいところだが、新シリーズを開始したばかりなので、それは次回作からとなる。
そして、最後にひとつ。
色々と実験した結果、最終的にはいつもと同じ音に戻ってくる。
それは、現場の音ではなく、脳内にある“あるべき音”へ向けて編集しているからだ。
つまり──最初からコンセプトが勝っていた、ということか。
