In the End, Sensibility

以前のブログでは「Never Trust Your Ears — Trust the Meter」と題して、耳よりメーターを信じよ、と書いた。
数字は嘘をつかず、耳は状況に左右される。そういう意味では、メーターを信じるほうが合理的だ。
しかし、現実はそんなに単純ではない。
たとえばクルマの速度がそうだ。
オヤネンが駆る Audi RS 3 は、速度計の数字が意味を失うほど速い。メーターと前景を行ったり来たりしていると、むしろ危険だ。だから最終的には、すべてを感覚に委ねている。コーナーへの侵入速度も、実際の速度ではなく、身体が受け取る“体感速度”で判断している。
数字よりも、身体のほうが先に危険を察知することがある。


音響も同じだ。
最終的にはメーターではなく、耳で判断することになる。
最近アウトボードを導入し、ツマミを回して音をいじるようになってから、音がより“物質”として立ち上がるようになった。指先の抵抗、ノブの重さ、微妙なトルクの変化──そうしたフィジカルな情報が、音の判断に直接つながっていく。
デジタルの画面越しでは得られなかった、身体と音の距離の近さが戻ってきた。
結局のところ、人間はメーターだけでは生きられない。
数字は便利だが、最後の一押しを決めるのは、いつだって感性だ。
今宵は、ただ「人間っぽいほうが面白い」と思っただけ。


Author:Mika Ojanen
カテゴリー:寄り道 / プラクシス