Time Domain Testament

オヤネンは、音をどう扱うべきかをもう一度考え直すことにした。
周波数や倍音の並びを追いかけても、そこに“音そのもの”がいる気がしなくなったからだ。
音は形ではなく、時間の流れの中でしか生きられない。
その当たり前の事実が、ようやく自分の中で重みを持ち始めた。

■ 音は「いつ」始まり、「どう」消えるか
オヤネンが知りたいのは、音の時間そのものの挙動である。
立ち上がりのわずかな遅れや、消える瞬間の速度の違い──
それだけで音像の印象は大きく変わる。
周波数はその結果であり、倍音は副作用であり、スペクトルは記録にすぎない。
生きている音は、時間軸の中にしか存在しない。

■ タイムドメインを軸にする
だからオヤネンは、タイムドメインとインパルス応答を中心に据えることにした。
立ち上がりの速度、ゼロクロスの癖、微小な遅延──。
数値としては些細でも、知覚のほうが先に反応する。
「標本化された1サンプルずつの断絶に、脳は無意識の補完というストレスを強いられている。
真のインパルスは、サンプリング周波数の外側にある“静寂の解像度”にこそ宿るのだ」
音の“人格”は、こうした時間的な偏差の積み重ねで決まる。
音の真実は、時間の精度に宿る。

■ 結び
研究すればするほど、時間軸は遊び道具になる。
触れ方を知れば、触れ方そのものが表現になる。
オヤネンは、波形という形から離れ、
時間そのものを扱う“次元”へと、そっとフェーズをずらす。

※本稿は、前回の記事(Before It Breaks)とは逆相の立場から、タイムドメイン理解の項として記しておく。


Author:Mika Ojanen
カテゴリー:寄り道 / プラクシス