あの日、あの時、サッカーボールをゴールに押し込んだのは手か、頭か。論争はどうでもいい。今回は“手”が決める話だ。
フィールドレコーディングで最も厄介なのが、大きなインパルス――ここではスパイクと呼ぶ。音の質感を壊さずに除去する方法を、ロジックだけに絞ってまとめておく。


■ 正攻法:補間による“見た目の修復”
WaveLab のインペインティングや RX の Interpolate は、スパイク部分を周囲の波形から補間して“それらしく見せる”手法だ。自然で確実であり、スパイクが少ない素材では最適だが、長尺では現実的ではない。
あくまで補間であり、整音ではない。一つずつ手で潰すしかなく、時間はかかるが仕上がりは最も自然だ。

■ 神の手:スパイクだけを“整音として”間引く
広範囲のスパイクを一撃で処理したいときに使う方法がある。これは補間ではなく、時間軸の“急峻すぎる部分”だけを自動で丸める処理だ。
広範囲のスパイクをまとめて間引くことができ、トランジエントもサステインも影響しないことは実証済みだ。倍音を足さない純粋な線形処理であり、中核は「急峻すぎる変化だけを抑える」という一点にある。偽装ではなく整音である。
WaveLab の設定は画像参照。

■ なぜスパイクだけ叩けるのか(ロジックの核心)
スパイクは、波形の中で“急激すぎる変化”として現れる。通常の音は、どれだけ大きくても変化のスピードには限界がある。
ここで重要なのが、実測値としての時間幅だ。今回のスパイクの幅は 400 µs(0.4 ms)。これは 48 kHz で約 19 サンプル、96 kHz で約 38 サンプルに相当し、自然音の立ち上がり(数 ms〜十数 ms)と比べると 1/10〜1/100 の速度しかない。
空気はこんな速度で圧力を変化させられず、マイクのダイアフラムも追従できず、楽器や声帯が物理的に生成することも不可能だ。つまり 400 µs のスパイクは、物理的な意味では“音ではない”。
そして、この“音ではないスパイク”が最も拾われやすいのが、水が跳ねる瞬間だ。水滴が当たる衝撃は、音としての立ち上がりではなく、マイク系の電気的瞬間変動として記録される。見た目は音のようでも、時間幅は完全にインパルス領域に落ちている。
だからこそ、この処理は「急峻すぎる部分だけを自動で丸める」という一点だけで動いている。通常の音は変化が穏やかなので通り、スパイクは変化が急すぎるので丸められる。ここに“スパイク検出”のような複雑な仕組みはない。ただ、時間軸の“急峻さ”だけを見ている。

■ 試験波での確認:ノコギリ波が鍵
4種類の試験波を通すと、挙動がはっきり分かれる。
サイン、スクエア、トライアングルは時間的に対称で、急峻すぎる部分がないため、ほとんど変化しない。しかしノコギリ波だけは変化する。片側だけ極端に急峻な部分を持つからだ。
この急峻な部分がわずかに丸められると、非対称性が変化し、偶数次倍音が立ち上がる。これは「倍音で叩いている」のではなく、急峻な部分を丸めた結果として自然に出る副産物だ。
そしてスパイクはノコギリ波よりもはるかに急峻であるため、より強く丸められる。つまり確実に叩ける。

■ 実素材への適用
実素材では、元音とパラレルで合成すると自然さが保たれる。スパイクだけが確実に間引かれ、音の質感はそのまま残る。

■ まとめ
スパイクの正体は「急峻すぎる変化」であり、実測値 400 µs は物理的に“音ではない”領域にある。水が跳ねる瞬間は特にスパイクを拾いやすい。正攻法は補間であり、神の手は整音である。神の手は“急峻すぎる部分だけ”を丸める。ノコギリ波だけが変化するのは、片側だけ急峻だからだ。倍音は叩くためではなく、丸めた結果として出る。スパイクはノコギリ波より急峻なので、確実に叩ける。

ミカ・オヤネンの神の手はゆくゆく伝説となり、やがて語り継がれる。


Author:Mika Ojanen
カテゴリー:寄り道 / プラクシス