大気を進む波は、空気圧の周期的な変動であり、同時に 時間の配置 でもある。
100Hz は 3.4m、1kHz は 0.34m。
48kHz では 480 サンプルと 48 サンプルに離散化される。
波形とは振幅ではなく、時間構造の可視化 だ。
オヤネンは、その構造がどれほど簡単に乱れるかを知っている。
ローカットは振幅ではなく 位相 を動かす。
12dB/oct の 2 次フィルターは、カットオフで −90°、100Hz なら 2.5ms の遅延だ。
この回転は 0〜2kHz に広がり、周波数ごとに異なる群遅延を生む。
低域は波長が長く、わずかな回転でも大きな時間ズレになる。
高域は短く、ズレは微小で、自然の乱流にマスキングされる。
録音の自然さを決めるのは、低域の時間整合性だ。
(リニアフェイズで位相を守るソフトもあるが、時間構造を理解しない処理が正当化されるわけではない。)
音楽制作では周波数の整理が中心だが、
フィールドレコーディングでは“時間の整合性”こそが本質になる。
それでも「EQ と軽いコンプで整う」と語る者はいる。
オヤネンは否定しない。
ただ、時間が存在することをまだ理解していないだけと判断する。
彼らは音の“量”を触っているだけで、内部の時間構造には触れていない。
風は、低域の乱流・中域の圧力変動・高域の渦が同じ瞬間に到達する現象だ。
位相が回転すると、低域だけが遅れ、あの「もこっ」という不自然な膨張が生まれる。
これは音質ではなく、時間同期の破壊 である。
破壊の主因はフィルターではない。
ゲインだ。
36dB の増幅は、信号電圧を 63 倍、ノイズパワーを 4,000 倍にする。
マイクの白色ノイズ、プリアンプの 1/f ノイズ、風や接触振動──
すべてが一斉に可聴域へ押し上がる。
特に低域ノイズはパワーとして増えるため、
体感では「100 倍」を超える。
結果としてローカットが必要になり、
そこで 時間の回転 が始まる。
解決は単純だ。
ゲインを抑えること。
フィールドレコーディングでは環境ノイズが支配的で、
ゲインを下げても実質的な S/N は悪化しない。
むしろゲインを上げるほど、
不要な低域ノイズが支配的になり、時間が壊れる。
ゲインを低く保った録音は、自然な低域と帯域間の整合を保ち、
フィルターを必要としない。
つまり 時間をねじらない録音 になる。
位相とは数値ではなく、波形内部の時間の振る舞いだ。
低域の回転は世界の質感を変え、
高域の回転は自然のノイズに溶ける。
フィルターも過剰なゲインも、その時間を静かに曲げていく。
だからこそ、時間軸を下手に操作することは危険だ。
音を整えたつもりが、その場所の時間を壊してしまう。
壊れた時間は、どれだけ EQ を積んでも戻らない。
隠された回転は、常にそこにある。
静かで、目に見えず、しかし音の世界を根底から変えてしまう。
それを理解することは、音を「周波数」ではなく、時間の構造として捉えること に他ならない。
時間のほつれを聴き分ける者だけが、世界の影を拾い上げる。
